大判例

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京都地方裁判所 昭和40年(ワ)777号 判決

原告

網田静沖

右代理人

小泉要三

被告

丸井水産有限会社

右代表者清算人

湊春一

被告

大西喜八

右両名代理人

中村益之助

主文

被告両名は、原告に対し各自金五〇万円とこれに対する昭和三九年七月七日以後完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告両名の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一、同項二旨の判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

一  原告は、次のとおりの要件、各裏書記載のある約束手形一通を所持している。

金  額 五〇万円

満  期 昭和三八年五月四日

支払地 三重県牟婁郡長町

支払場所 株式会社第三相互銀行長島支店

振出地 三重県度会郡紀勢町錦

振出日 昭和三八年三月二〇日

振出人 (被告)丸井水産有限会社

受取人 (被告)大西喜八

第一裏書 (被告)大西喜八の白地式

第二裏書 藤機械工業株式会社の白地式

第三裏書 豊田稔から株式会社神戸銀行

第四裏書 株式会社神戸銀行から株式会社百五銀行への取立委任裏書

第五裏書 豊田稔の白地式

二、約束手形は、被告丸井水産有限会社が振出し、被告大西喜八が拒絶証書作成義務を免除して第一裏書をなしているものであるが、前記手形要件および第一ないし第四の各裏書記載ある約束手形を所持していた訴外株式会社百五銀行において支払期日に支払場所に呈示して支払を求めたが、支払を拒絶された。その後、拒絶証書作成義務を免除の上、隠れた取立委任をして株式会社神戸銀行に裏書譲渡(前記第三裏書)していた訴外豊田稔において右約束手形の返還を受け、これを所持していたが、原告は、満期の翌々日である昭和三八年五月六日、右訴外豊田稔から拒絶証書作成義務を免除された上裏書譲渡(前記第五裏書)を受けて右約束手形の所持人となり、右手形上の権利者となつた。

三、よつて、原告は、右約束手形の振出人である被告丸井水産有限会社と第一裏書人である被告大西喜八に対し、右約束手形金五〇万円とこれに対する満期後である昭和三九年七月七日以降完済に至るまで商事利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四  被告等主張の抗弁事実はすべて争う。

五  本件約束手形については、原告と訴外豊田稔との間で協議の上、本訴提起後である昭和三九年六月一五日、訴外豊田稔において本件約束手形の裏書中、前記第三、第四裏書を抹消したので、原告は形式的にも適法な所持人となつたものである。」

被告両名訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決並びに敗訴の場合の担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求め、次のとおり述べた。

「一 原告主張事実中、被告丸井水産有限会社が原告主張のとおりの要件記載のある本件約束手形を振出し、右約束手形が被告大西喜八から訴外藤機械工業株式会社へ、同訴外会社から訴外豊田稔へ順次いずれも拒絶証書作成義務免除の上裏書譲渡されたこと、その後本件約束手形が不渡となつたことは認めるが、その余の事実はすべて争う。

二 本訴提起当時、本件約束手形の裏書記載によれば、原告主張の前記第三、第四裏書は抹消されておらず、従つて本件約束手形の所持人は訴外株式会社神戸銀行であつて、裏書の連続を欠く訴外豊田稔から裏書譲渡を受けた原告も又裏書の連続を欠くもので適法な所持人ではなく、手形上の権利者たり得ないものである。

三 原告主張五のとおり、その後、本件約束手形の前記第三、第四裏書が抹消されたことは認めるが、右抹消は、抹消権原のない者によつてなされたものであるから正当な抹消とは言い得ず、従つて、原告は本件約束手形の適法な所持人ではない。

四  本件約束手形は、被告丸井水産有限会社が訴外藤機械工業株式会社に割引を依頼して振出し、被告大西喜八は右割引依頼の交渉に当つたに過ぎないばかりか、訴外藤機械工業株式会社から右金員の交付を受けていないものであるから本件約束手形金支払の義務はないものである。

訴外豊田稔および原告は、いずれも右事実を知り、手形取得により被告等を害するに至ることを知つて本件約束手形を取得したものであるから、被告等は原告に対し本件約束手形金を支払う義務はない。」

<証拠―省略>

理由

被告丸井水産有限会社が原告主張のとおりの要件記載のある約束手形一通を振出し、その後被告大西喜八から訴外藤機械工業株式会社に、同訴外会社から訴外豊田稔に順次原告主張のとおり拒絶証書作成義務免除の上裏書譲渡されたことは当事者間に争いがない。

そして、<証拠略>によれば、訴外豊田は本件約束手形を取立委任の目的(隠れた取立委任)で拒絶証書作成義務免除の上訴外株式会社神戸銀行へ裏書譲渡し、同銀行は更に訴外株式会社百五銀行に取立委任裏書し、同訴外百五銀行において支払期日に支払場所に呈示して支払を求めたが拒絶されたこと、本件手形はその後順次返還され、訴外豊田において本件手形を所持していたが、同訴外人はこれを拒絶証書作成義務を免除の上原告に裏書譲渡、原告がその所持人となり本件手形上の権利を取得したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

被告等は、原告が裏書の連続を欠く所持人であり、本、本訴提起後連続を欠く裏書を抹消して裏書の連続を作り出しても、右抹消は抹消権原のない者によつてなされたものであるから適法な所持人とみなされず、従つて、被告等に本件手形金支払の義務はないと抗争するけれども、手形の所持人は、たとえ手形の外観上裏書の連続を欠くため形式的資格を有しなくとも、実質的権利を証明するときは手形上の権利を行使することができるものである(最高裁判所判決昭和三三年一〇月二四日民集一二巻一四号三二三七頁)ばかりでなく、手形裏書が抹消された場合は、これを抹消する権利を有するものがしたかどうかを問わず(最高裁判所判決昭和三六年一一月一〇日民集一五巻一〇号二四六六頁)又、訴を提起した後、裏書の連続を欠く旨の抗弁が提出され後に抹消したときにおいても(最高裁判所判決昭和三二年一二月五日民集一一巻一三号二〇六〇頁)抹消された裏書は初めから記載なきものとみなされるものである。本件においては、前示認定のとおり原告が実質上本件手形の権利者と認められるばかりか、本件約束手形の第三、第四裏書が抹消されて裏書の連続ある手形の所持人となつたことは昭和三九年七月一四日の第七回口頭弁論で明らかな事実であるから、原告は実質的にも形式的にも本件手形の適法な所持人と言うべきであつて、被告等の右各主張はいずれも理由がなく失当であるので採用しない。

次に、被告等は原告が悪意の取得者であると主張するけれども被告等の全立証によつてもこの事実を認めることができず、却つて、証人豊田稔の証言、原告本人尋問の結果によれば、訴外豊田稔従つて原告も善意の取得者であることが明らかであるから、被告等の右主張も失当と言わねばならない。

ところで、原告の本訴請求について付言するに、原告は本件約束手形を満期の翌々日である昭和三八年五月六日に、前記第三裏書人である訴外豊田稔から裏書譲渡を受けたと主張する。

右主張によると、原告が訴外豊田から本件手形の裏書譲渡を受けたのは、拒絶証書作成期間内であるので、原告が手形の所持人として請求権を行使するためには、改めて右期間内に支払のための呈示を要するかの如くに見える。

しかしながら、前示認定のとおり、本件においては、約束手形の全裏書人が拒絶証書作成義務を免除しており、かつ、支払期日に支払場所に本件手形が適法に呈示されたことが認められる上、本件手形(甲第一号証)表面には、支払期日である昭和三八年五月四日付で「本件手形昭和三八年五月四日呈示を受けたが当座取引解約後のため支払を拒絶する」旨の株式会社第三相互銀行長島支店の付箋が同銀行の契印とともに貼付してあり、支払期日に支払場所に呈示されたがその支払の拒絶されたことが本件手形面上全く明らかとなつているものである。

このような場合、拒絶証書作成期間内に裏書譲渡を受けたものであつても、原告は、満期前の裏書人である遡求義務者に対しては既に裏書人(本件において訴外豊田稔)において裏書譲渡前に遡求権保全の手続を完了し、遡求の段階に入つているものであるから、その後になされた原告に対する右裏書は期限後裏書と解するのが相当であり、従つて、被裏書人である原告は、裏書人である訴外豊田の具体的な法的地位を承継し、改めて支払のための呈示をすることなく振出人に対する手形法上の請求は勿論、満期前の遡求義務者に対しも遡求し得るものと解する。

以上のとおりであるから、原告が被告両名に対し本件約束手形金五〇万円とこれに対する満期後である昭和三九年七月七日以降完済に至るまで年六分の割合による法定利息の支払を求める本訴請求をすべて正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し、なお仮執行免脱の宣言は付さないこととし、主文のとおり判決する。(石田恒良)

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